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「陽香」
「やだ、やめて……」
言いながら、声に涙が混じる。
その声に迫力はないけど、俺の心には鈍く重い痛みが広がった。
陽香を泣かせるのなら、別の意味でそうしていたかった。そうする自信が、あったのに。
「ごめん。俺、これ以上陽香に何もできない。してやれない」
あがく陽香の耳元で、精一杯心を込めて、そう言った。
すると彼女はぴたりと動きを止める。
しばらく沈黙があって、陽香の吐息が震え出すのが判った。
覚悟を決めて、その声だけにじっと耳を澄ませる。
「なん……っでえ……なんで、なんで……!」
えっ、えっ、と子どものような嗚咽を漏らし始めた陽香の身体を、俺は苦痛を与えないように、けれども強く抱きしめた。
「ごめん。俺が、悪いんだ。全部俺がいけないんだ」
「いや、だぁ……やだあぁ……っ! なんで、なんで、仁志くん、なんでぇ……っ!!」
可哀相なくらい全身で悲しみを訴える陽香を抱きしめながら、俺たちはその場にへなへなと座り込む。
陽香の手は、俺を抱き返そうとはしなかった。
抱き返したら、俺の言うことを受け入れてしまうことと同じ、と思っているんだろう。
それでも、俺は陽香の気が済むまでこうして抱きしめているつもりだし、なじられ続けるつもりでいた。
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