192人が本棚に入れています
本棚に追加
甘い、いい夢だったんだと思わせてくれないか。
黒い染みがやがて広がって、2人でこの恋を両側から惨めに削って壊し始めてしまう──その前に。
「陽香なら、もっとちゃんと大事にしてくれる人と、会えるから。……幸せになって欲しいんだよ」
陽香は、泣き疲れた顔で見上げ──またもう1回、どんと俺の胸を叩いた。
「そんなこと、仁志くんにだけは言われたくない。今あたし、不幸だよ。世界で一番、不幸なんだから。仁志くんが、そうしたんだ」
いちいち一番効く言葉を投げつけてくる陽香を、それでも可愛いと思ってしまう。
……この病を抱えたまま、ずっと、鈍く重い痛さに酔っていたい。
陽香はぽろぽろと涙を零しながら俺を見つめ、続けた。
「……幸せになんて、ならないで。あたしのいないところで幸せになんてなっちゃ……やだ……」
甘い棘を刺すようなその声で。
愛してると言われたようで、俺は堪らず泣き崩れた。
いいよ。
きみの呪いのようなその言葉を、俺はずっと持って歩いていくから。
それが俺にできる、最後のことだと思うから。
だから、さよなら──陽香。
.
最初のコメントを投稿しよう!