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萌恵に出会ったのは、宏樹が20歳になった年の夏だった。大学はまだ夏休み期間で暑い日中をバイトか図書館で過ごしていた日々。友人から合コンに誘われて出席をして、良い雰囲気になった女性と二人で抜け出した。
居酒屋からちょっと高めのバーに行って、ゆっくり話そうとしていたのだが、女性がトイレに行ったタイミングで一人の女が近付いてきた。宏樹の側を通り過ぎた瞬間
「左手の薬指を見てみなさい」
と囁いて、奥の席へ行ってしまった。宏樹は全く気付いていなかったが、良い雰囲気の彼女は、恋人がいた。指輪をしっかり着けていたから。それを問い質すと、あっさり認めて、この店に連れて来てもらおうと思った。と悪びれもなく言った。
やや高めの授業料だと思って、宏樹は支払いを持った。ケチ臭い男だ、と思われたくないという見栄が働いた。その場で彼女と別れ、落ち込んでいた宏樹に、指輪の存在を教えてくれた女が声を掛けて来た。
それが萌恵だ。
宏樹より3歳年上の萌恵は、親が資産家で自分は脛噛じりの親不幸娘だと笑った。だが、話してみれば、知識も教養もある話題豊富な頭の回転が早い女性で、楽しい時間を過ごした。
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