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「大沢さん、でしたよね。マラソンが趣味なんですか?」
悠里に合わせて歩き始めた信悟に「すみません」と謝りながら尋ねる。
「ええ。元々陸上部で走る事が好きなのです。嫌な事が有れば走る事に尚、熱中して」
「嫌な事、ですか?」
苦笑をする信悟に、悠里は首を傾げた。
「仕事に失敗をした、とか。失恋をした、とか。友人と仲違いをした、とか。そういう時に走る。走っている間は何も考えなくて済みますから」
悠里に向けていた顔を戻して真っ直ぐ前を見つめる。信悟のその横顔は真面目な横顔で、きっと沢山の出来事を走る事で乗り越えて来たのだろう、と悠里は考えた。
「私も走ってみようかしら」
ポツリと悠里は呟く。
「それは良いですね。此方の道の先には、桜並木があるから、春の桜が咲く頃に走ると、桜の並木道を走る事になるから綺麗でしょうね」
にこりと信悟は悠里に笑いかけて、悠里もそうかもしれない。と微笑み返した。桜の咲く下で風を感じて走る。それは、悠里の心を今から楽しみな気持ちにさせた。
孝彦と別れてから、初めて心から楽しみだと思えるものを悠里は、やっと見付けた。それと同時に、孝彦はどうなのだろう? と孝彦の心を思いやるゆとりが出来た。
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