旅館

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 「私は海辺の町で育ちまして。冬は海が荒れるんです。風が強くて。まるで海が鳴くような凄い風の音。……その音が鳴ると、私の家も含めて、多くの家が漁師をやっているのですが、生きる事を改めて覚悟するんです」  「生きる覚悟?」  「ええ。海は自然。自然の前では人間はあまりにも小さい存在。ですから、何が起きるか解らない自然を相手に、生きる覚悟をもう一度持つんです。自然に感謝し、敬意を払って共に生きていけるように。……私は若い頃、あの町が嫌いでした。田舎臭いし。魅力が無くて。でも」  「でも?」  仲居が口ごもる。  「お喋りが過ぎましたね。どうでもいい話をお耳に入れまして」  「いえ、構わなければもう少し聞かせて下さい」  途中で終わると、気になる。
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