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「俺、スーツなんだけど?」
「堅いこと言わないの!」
「……はい。」
今日のあさ美はナチュラルメイクに、半袖のブラウス、それからシンプルなスカート姿で、そっちの方が夜の彼女よりも彼女そのものをうまく表現しているように見える。
内田はあさ美に手を引かれて歩き出した。
「食べたらね、ショッピングにも付き合ってね?」
「――いや、午後から仕事があるんですけど?」
あさ美はにっこりすると携帯電話を指差す。
「新井課長さん、だっけ? メールしておいたよ。」
「……なっ?! いつの間に?!」
送信済みメールを見ると、午前中は高津のところへ直行、ただし、風邪気味なので早退してもいいか記載されている。
「真奈美さんッ!!」
「電話がかかって来るといけないから、喉が痛くて話すのは辛いので……って書いておいたよ。『お大事に』だって。優しいねえ、課長さん。」
「んなッ?!」
受信メールには確かに「午後休やるから、風邪を治せ」と書いてある。
「まあ、仕事に厳しい高津さんも智和を休ませる事に反対しなかったし……。今朝、私の楽しみを邪魔したお詫びなのかもしれないけど。」
あさ美の言葉に、内田はハッとした。
普段の高津なら二日酔いだろうが、風邪だろうが容赦をしない。
「腑に落ちないな……。」
内田が難しい顔をすると、あさ美はぐいと腕を引っ張った。
「ともかく、今日は羽根を伸ばそ?」
あさ美がだめ押しに「ね?」と甘える姿は、高津とは一味違った押しの強さがある。
内田はため息を零した。
「高津さんは悪いようにはしないよ?」
「どーだか。」
「何で高津さんの事になると、素直に『うん』って言わなくなるのよ?」
高津が亜希にした仕打ちを知らないから、あさ美は高津を疑わないだろう。
――だが、自分は知っている。
(高津とは出来るだけ距離を置いた方がいい。)
それは本能による判断。
「俺を会社に近付けたくなかったのかな……?」
「考え過ぎじゃない?」
内田はもう一度「どーだか」と内心思ったが、遊園地に併設のショッピングモールへと向かって歩き始める。
アスファルトには逃げ水が見えた。
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