ボタン

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ボタン

「あれ、ボタンとれてる……」 コートの、本来なら一番下のボタンがある場所には、生地の色に合わせたベージュ色の糸が後れ毛のようにひょろりと顔を覗かせているだけだった。 暖かい日が続いた秋のあとの12月始め。 クローゼットに吊るされている冬物の服たちはまだ全く狩り出されておらず、クリーニング屋のタグが付いたままになっているものも多い。 ボタンが取れていたのは昨日も着た秋物のコートで、ここ最近はスーツの上にそればかりを羽織って出勤していた。 十日前にいなくなってしまったケイコのことで頭がいっぱいで、服を選んで着るような余裕などなかったのだ。 いつから取れていたのかは分からないが、おそらく通勤途中にでも取れたのだろう。 コートは羽織るだけで、ボタンまでは留めていなかったため気付かなかったのだ。 予備のボタンを付けている時間などないので、私は少し厚手のコートを選んで、付いたままになっていたクリーニング屋のタグを引きちぎった。 天気予報では週末から冷え込むようなことを言っていたので、もしかすると今日あたりすでに厚手の物でもちょうどいいかも知れない。
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