ボタン

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ドライヤーで髪を乾かしてから缶ビールのプルタブを引き上げる。 帰宅は九時を回っていたが、夕食は外で済ませてきていたので、特にアテなどは用意せずにビールだけを缶から直接に飲む。 何もない壁の一点をただ眺めながら、苦い泡が喉を通り過ぎて染み込んでいく感覚を味わう。 部屋は静かだ。 ケイコと一緒ならばテレビ番組を観たりもしていたが、私一人だと天気予報を視るためぐらいでしかテレビのスイッチも付けない。 また音楽プレイヤーもここ一年近くは埃を被ったままになっている。 ふと思い出して、クローゼットからボタンの取れていたコートを引っ張り出してくる。 裁縫道具を入れたクッキーの缶はどこにあっただろうか、としばらくあちらこちらの戸棚を漁ってからようやく目的のそれを見つけた時は、ビールの酔いも手伝って、ボタンの取り付けなどどうでもよくなっていた。 ケイコと棲むようになってからはいわゆる家事とよばれる類のことはなんでも彼女がやってくれていたのでいまだにこの家のどこに何が仕舞ってあるのかを把握しきれていないのだ。 もともと一人暮らしが長かったため、たいていのことは自分でやっていたのだが、今は自炊するのすら面倒で、ついつい外食も増えてしまっている。 いい歳をしたおっさんが一人で飯を喰っている様が格好の良いものでないことは分かっているのだが、長期に渡ってついた習慣というのは中々に変え難いもので、今日もケイコを探さなければと思いながらも、仕事帰りに小腹の空きを覚えると、帰ってからする料理の手間を考えてついふらふらと店の暖簾をくぐってしまった。 そして外食となると自然、酒が入る。 おそらくこのボタンもほろ酔いでふらふらと歩いる時に、どこかに引っ掛けて取れてしまったのだろう。
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