ボタン

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私がいよいよこの現象に恐怖を覚えたのは、クリーニング店の受付店員の平謝りを背に自動ドアを出た時だった。 店員は最後こそ謝罪の言葉で締めていたが、私の説明そのものは信じていないようだった。 確かに落ち着いて考えてみればボタン取れが工程的な問題で起きているのなら、他にも同じようなクレームがあるはずで、それならばこの話を持ち出した時点で店員の反応があった筈である。 ところが彼女はきょとんとした表情を隠すこともなくただ時折相槌を打つだけで私の話を聞くばかりだったのだ。 と、なると他に考えられることは誰かが故意にこれを行っているという可能性である。 もっとも有りそうなのは社内だが、就業時間中はコートはロッカーの中に掛けているし、そのロッカーも、鍵など掛けない者も多い中、私はなんとなく律儀に施錠しているので、誰かがそこにイタズラをするのは中々困難であるように思える。 いや、そもそもその可能性はないのだ。 なぜなら昨日はまだ袖を通していない物のボタンが取れていたのだから。 これでもし本当にクリーニングがその原因でないのなら、考えられる可能性は一つしかない。 「誰かがウチに……」 独り言ですら、その先を声に出す勇気はなかった。
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