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二人の声が重なった。
思わず二人は目を見合わせた。
そして笑った。
歩の入れてくれたコーヒーはいつの間にか冷めていたが、
部屋と二人の心は温かくなっていた。
***
二人の奇妙な同居生活が始まった。
きっかけは、同じような傷を持った者同士が、
共鳴し合ったような感覚で、なんとなく居心地がよく、
なんとなく一緒にいたいような気がしていただけだったかもしれない。
しかし、同居生活を続けるうちに、
二人の距離は確実に縮まっていっていた。
「ただいま」
「おかえり」
貴愛は買い物袋を置いて、「ふー」とため息をついた。
「重そうだな。手伝うよ」
「…別にいい」
「…なんでだよ」
「自分で出来る」
歩はちょっと可愛くないなと思った瞬間、はっとした。
自分は今、無意識に貴愛を女扱いしたかもしれない。
それに対して一見よくわからない意地を張るのは、
貴愛の男としての振る舞いなのかもしれなかった。
貴愛は靴を脱ぎながら言った。
「昨日、教えてもらったスーパーに行ってきたけど、安かったよ」
「…あ…だろ? 迷わなかったか?」
「うん。通り道からは海が見えるんだね」
「………あっ…」
「ここは本当に海から近いんだな」
貴愛は脱いだ靴を揃えると、食材を冷蔵庫に入れ始めた。
歩は貴愛を見つめ、しばらく考えてから言った。
「………そうだよな。この環境は古家には辛いよな…。」
「…………」
「……………ひ、引っ越そうか?」
貴愛は手を止め、歩を見た。
歩は緊張した顏をしている。
貴愛は微笑んだ。
「………引っ越したら、勤めてる病院から遠くなっちゃうだろ。」
「……そうだけど…」
「……確かに海を見るのはまだ辛いよ。
でも、今日海を見て思い出したんだよ。
先生がくれたドーナッツ」
「…………」
貴愛は買って来た食材を全て冷蔵庫に入れ終わると、
歩と正面に向き合った。
「………ずっとさ、彼に浮き輪を渡したいって思ってたけど、
僕も溺れてたんだよね。」
「…………」
「自分が溺れた事なんてどうでもよかったんだけど…、
そこを先生に助けられて、ドーナッツまで貰った。
もう彼は助けられないけど…僕は先生に助けて貰ったんだなぁって」
歩は何も言えなかった。
貴愛は少し遠い目をしながら続けた。
「……上手く言えないけどさ…、
なんだか、誰かから生きろって言われたような気がした。
海を見つめる事はいくらでもあったけど、
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