Ring

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全然電話もかかってこないからって。手紙届いてるか?って。」 「……あー…」 歩は、そういえば水道屋がそんな事言ってたなぁとか、 その電話でポストを開けたんだなぁとか、 ぼんやり考えていた。 「……ポスト勝手に見るのはどうかと思ったんだけど、 水道屋がちゃんと届いてるか早く見てくれって言うし…、 先生、夜勤が続くと数日帰って来ない時もたまにだけどあるし…ごめん」 「……いや、別にいいよ」 「…あと、客が来た。セールスだけど。 今先生いないって言ったら、パンフレット置いてった。 先生に渡しといてくれだって」 「…………」 貴愛は封筒の束を置いて、パンフレットを渡そうとしたが、 歩が無言になったのが気になった。 「………やっぱ、勝手に客の応対したの、まずかったか? 僕も迷ったんだけど…」 「……いや、それは問題ない。 そうだよな。そういう事、ちゃんと決めないといけなかったよな。」 歩はパンフレットを受け取り、貴愛を見た。 「…電話もポストも自由に使っていい。 俺がいない時、誰か来たら適当に用件聞いといてくれないか?」 「……わかった」 「それと、………その“先生”っていうの、辞めてくれ」 「…え?」 きょとんとした貴愛を見て、歩は目をつぶって手を額に当てた。 「………俺はもうお前の先生じゃない。…“先生”はよせ」 「……じゃあ何て呼べばいいんだよ?」 「“先生”以外なら何でもいい。好きに呼べ」 歩はそう言うと、貴愛から受け取った大量の封筒を持って、 リビングのソファに腰を下ろすと、面倒臭そうにため息をついてから、 封筒を一通一通、開封して中身を確認し始めた。 貴愛はその姿を見ながら、その場に立ちすくんで考えた。 こういう場合、なんて呼ぶのが適切なんだろう? 男性が男性の名前を呼ぶ時は、多分苗字にさん付けだよな…。 って事は木陰さん? 木陰さん…木陰…さん… 歩は大量の封筒を前にして頭を掻いた。 「…はぁ…、水道屋の手紙どれだよ…電話番号わかんねーし…」 「……………歩さん、バカか?着信履歴見ればいいだろ」 歩は、はっとして手を止めた。 そしてゆっくり貴愛を振り返った。 貴愛は何気ない顏をして歩の隣のソファに腰を下ろした。 「………“木陰さん”だとなんか他人行儀だろ。 そりゃ他人だけど……だけど…なんか違うと思って…。 ……そんな気がしただけ」 「………別に、何でもいいって言ったし」 「………あっそ」
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