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貴愛はそっぽ向いてテレビを見だした。
歩はその貴愛の後ろ姿を、隣からしばらく見つめていたが、
視線を戻し、乱れた封筒を集め、束ねて置いた。
二人は無言でテレビを見た。
―――“歩さん”…か
歩はそう思いながら、口元が少しだけ緩むのを感じた。
歩の休日、二人は駅前まで買い物に行った。
貴愛が歩の家に来て以来、
貴愛は歩の寝室のベッドで寝て、
歩はリビングのソファで寝ていたが、
しばらくすると貴愛は「これはおかしい」と言い出した。
「……遠慮してずーっと言わなかったけど、
歩さんは歩さんのベッドで寝て、
僕はリビングに布団を敷いて寝るべきだと思う」
歩はなるほどと思った。
恋人でもない男女が一緒に寝るのはおかしいから、
貴愛をベッドで寝かせて自分はソファで寝ていたけど、
もしこれが男同士の友達なら、
貴愛の言う通りのスタイルが自然に思えた。
しかし歩の家に予備の布団はなく、
買うなら駅前だが、貴愛が一人で歩いて行くには不便なので、
歩が休みの日に、歩の運転する車で出かけようという事になった。
布団を買って車に積み込むと、もう昼過ぎだった。
どうせだから外食して帰ろうという話になり、
二人はショッピングモールのレストラン街のお店の中から、
適当に一つ選び店内へ入った。
席に通され、お冷が出て来ると、
メニューを見ながら貴愛が言った。
「……歩さんってなんか趣味とかないの?」
「唐突だな」
「…なんとなく。休みでも出かけたりしないから」
「…あぁ~…、子供の頃は親父が将棋好きだったから少し…」
それを聞いた貴愛は飲んでいた水で少しむせた。
「…渋っ。子供が将棋って……なんかこう…、
野球とかテレビゲームとかなかったのかよ?」
「……あー…記憶にないなぁ」
「…医者になるヤツって子供の頃から真面目気質なのか?」
「…知らんし」
貴愛は歩が勉強机に向かっている姿を想像して笑った。
「……何がおかしい」
「いや…、勉強熱心だったんだろうと思って」
くすくす笑う貴愛を見て、歩はちょっと意地になって聞き返した。
「……古家こそ、なんか趣味とかないのかよ?」
「…僕? ………僕は…」
貴愛は過去に思いを廻らせた。
―――色々あったような気がした。
カラオケとか編み物とかお菓子作りとか。
でも男になってからは一切やっていなかった。
特に編み物とかお菓子作りとかは論外だった。
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