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観ていたのは貴愛の横顔で、
考えていたのは貴愛に対する感情をどうすべきか、
どう扱うべきかという事だった。
映画館を出て車に戻っても、貴愛は興奮気味に映画の感想を、
あれこれと思い出しながら喋っていた。
「本っ当にさぁ、バカだよなぁ、あの悪役。
あんな事言わなきゃ勘付かれなかったのにさぁ。
それに主人公がヒロインとキスするタイミングがおかしかった。
あんな所でするか?普通。そう思うだろ?」
「……そうだな」
「だよな? それで、あーなんだっけ、あいつ。ほら金髪の…、
あいつは結局、味方なの?敵なの? あやふや過ぎだろ」
貴愛は愉快そうに思い出し笑いをしていた。
歩にはそれが映画館の中で考えていた葛藤を、
忘れてしまいそうになる位、とても嬉しかった。
「それでさぁ、主人公が戦いに行く時………っておい、
聞いてんのかよ?」
「………そんなに楽しかったんなら、また来ような」
貴愛はいつの間にか饒舌(じょうぜつ)になっていた口を、
少し半開きにしたまま黙った。
歩はあくまでも平常心を装っていた。
貴愛は映画館なんて何年振りか解らない位に久しぶりだった事と、
ポップコーンとジュースを挟んで歩と隣同士で座った光景を、
思い返した。
映画の内容自体は、別に絶賛するようなストーリーじゃなかったのに、
本当に楽しく、自分が浮かれていたのが、不思議でもあり嬉しくもあった。
歩の気遣いが暖かく、優しかった。
「………アクション物だったら、別にいいけど」
「……そうか。じゃあ次は今日観たやつの続編とか」
「………気ぃ早すぎるだろ。せめて来年まで待たないと。
…っていうかあれに続編って絶対コケるって」
そう言った貴愛の笑顔を見て、
歩は映画の内容なんか殆ど覚えてないのに、
「やっぱそうだよな」と言って笑った。
車の中は二人の楽しそうな会話と笑い声に包まれていた。
歩はその日、急患が入ったので帰りが遅くなった。
もう深夜だから貴愛は寝ているだろうと思って、
静かに家に入った。
案の定、部屋の電気は点いていなかったので、
起こさないよう気を付けて貴愛の寝ているリビングを通り過ぎようとしたが、
布団の中に貴愛の姿がないのに気付いた。
布団は整って敷かれているのではなく、
いかにもさっきまで寝ていましたというような乱れ方をしていた。
何となく嫌な予感がして部屋を見渡すと、
トイレから光が漏れているのを見つけた。
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