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それにもっと他に貴愛が喜ぶ事があるかもしれない。
遊園地とか、旅行とか、とにかく何でもいい。
歩は、行く先々で見られるかもしれない、
貴愛の笑顔を想像するだけで心が弾んだ。
誘っても断られるかもしれない。
男同士で行ったらおかしい所は嫌がるだろう。
そう不安に思う反面、貴愛の好きなものはなんだろう?とか、
出かけるのが不自然なら、プレゼントでもいいかもしれないとか、
あれこれ考えるのに中々良いアイディアが思い浮かばないのが、
もどかしかった。
歩は貴愛の待つ家に帰るのが、嬉しかった。
「ただいま」
歩は靴を脱ぎ、部屋に入った。
貴愛はリビングのテーブルの前に座っていた。
「今日さ、休憩中、飯食ってたら」
「…………」
歩は貴愛が返事をしないので、話を区切った。
「……古家?」
「…………」
貴愛は座って一点を見つめながら、微動だにしなかった。
歩は変な焦燥感にかられた。
もう一度名前を呼びながら、肩をそっと叩いた。
貴愛はビクッとして振り向いた。
「……あ、…お、おかえり………ごめん、気付かなくて」
「………どうしたんだよ?」
「…………」
貴愛の無言が歩には痛かった。
どうしようもない不安と焦りを感じていた。
しばらく黙り込んでいたが、貴愛は静かに沈黙を破った。
「………もう、ここ、出るよ」
「……何言ってる?」
「………自分の部屋に帰る。」
歩は言葉が出て来なかった。
頭が真っ白になっていった。
「………ドーナッツ食べるまで…だったよな。
それにしては長居しすぎた」
歩は震えて汗ばむ手を、ぎゅっと握りしめた。
「………なんで…なんでそんな事言うんだよ」
「…………」
「……おい!」
思わず歩はうつむく貴愛の肩を掴んだが、
その反動でこちらを向いた貴愛の目に、
いっぱい涙がこらえてあるのを見て、
息が詰まるような気分だった。
「………金がないんだよ」
「……え?」
「…もう一緒に暮らしていける金がないんだ」
「……か、金…?」
貴愛はうつむくと堪えきれず涙を一粒、床に落とした。
「………ずっと家賃、二割くらい払ってただろ」
「…………」
「……ルームメイトにしては安いけどさ…、
普通は半分だろうから………男になってから使い道がなくて…、
気が付いたら貯まってた貯金と、
少しだけ貰えた退職金から出してたんだけど…、
………もう口座に殆ど残ってない」
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