Ring

28/47
前へ
/47ページ
次へ
それにもっと他に貴愛が喜ぶ事があるかもしれない。 遊園地とか、旅行とか、とにかく何でもいい。 歩は、行く先々で見られるかもしれない、 貴愛の笑顔を想像するだけで心が弾んだ。 誘っても断られるかもしれない。 男同士で行ったらおかしい所は嫌がるだろう。 そう不安に思う反面、貴愛の好きなものはなんだろう?とか、 出かけるのが不自然なら、プレゼントでもいいかもしれないとか、 あれこれ考えるのに中々良いアイディアが思い浮かばないのが、 もどかしかった。 歩は貴愛の待つ家に帰るのが、嬉しかった。 「ただいま」 歩は靴を脱ぎ、部屋に入った。 貴愛はリビングのテーブルの前に座っていた。 「今日さ、休憩中、飯食ってたら」 「…………」 歩は貴愛が返事をしないので、話を区切った。 「……古家?」 「…………」 貴愛は座って一点を見つめながら、微動だにしなかった。 歩は変な焦燥感にかられた。 もう一度名前を呼びながら、肩をそっと叩いた。 貴愛はビクッとして振り向いた。 「……あ、…お、おかえり………ごめん、気付かなくて」 「………どうしたんだよ?」 「…………」 貴愛の無言が歩には痛かった。 どうしようもない不安と焦りを感じていた。 しばらく黙り込んでいたが、貴愛は静かに沈黙を破った。 「………もう、ここ、出るよ」 「……何言ってる?」 「………自分の部屋に帰る。」 歩は言葉が出て来なかった。 頭が真っ白になっていった。 「………ドーナッツ食べるまで…だったよな。 それにしては長居しすぎた」 歩は震えて汗ばむ手を、ぎゅっと握りしめた。 「………なんで…なんでそんな事言うんだよ」 「…………」 「……おい!」 思わず歩はうつむく貴愛の肩を掴んだが、 その反動でこちらを向いた貴愛の目に、 いっぱい涙がこらえてあるのを見て、 息が詰まるような気分だった。 「………金がないんだよ」 「……え?」 「…もう一緒に暮らしていける金がないんだ」 「……か、金…?」 貴愛はうつむくと堪えきれず涙を一粒、床に落とした。 「………ずっと家賃、二割くらい払ってただろ」 「…………」 「……ルームメイトにしては安いけどさ…、 普通は半分だろうから………男になってから使い道がなくて…、 気が付いたら貯まってた貯金と、 少しだけ貰えた退職金から出してたんだけど…、 ………もう口座に殆ど残ってない」
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加