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音も無く、蒼と私の間にある大きなガラスの仕切りが開く。
蒼は、一歩も動かない。ガラスの敷居を越えた私に、静かに、けれども澱みのない声で蒼が話し掛けた。
「すいません、こんな恥ずかしい真似はしたく無かったんです」
そうして、もう一度頭を下げてから、真っ直ぐに私を見た。
一瞬、蒼の行動に怯えた事を、後悔する。恥ずかしいと告げ、頭を下げている蒼に素直さと育ちの良さを感じていた。
それだけ、考えた上で此処に来たのだろう。恥じ入っているからなのか、蒼の顔は淋しげに映る。
肩の力が抜けて、私の口元が緩んでゆくのがわかった。微笑んでいる自分に驚いてしまう。
「私こそ…ごめんね」
自然と口をついたのは、そんな言葉だった。蒼が、とても自然に嬉しそうに微笑んだ。
駄目だ…その笑顔は、ずるい。多分この瞬間、私は蒼に惹かれた。
蒼は、大切そうに抱えた箱を、私に差し出した。
「ありがとう」
私が、それを受け取ったのと同時に、そう囁く。
もう一度、ニコリと微笑み。踵を返して、私に背中を向け歩き出す。
真っ直ぐに、ピンと背を伸ばして、迷い無く…離れてゆく。
「待って!」
その背中に、堪らずに声を掛けたのは私だった。
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