第六章

40/40
前へ
/40ページ
次へ
溜まっている郵便物、カードの支払い、パスポート探しまで手伝わせたと話した。 中国への同行は、そうした事への気遣いでもあったみたいだった。 「なるほどですね、それで社長のお世話を頼むって…そんな話になったわけですね」 「まあ、そんなとこだな。面倒でかなわんな、色々あるもんだな~やる事が」 これ迄、気に掛けた事など無かったのだろう。日常で生活する以上、細々とした雑事はある。 離婚して、初めて気が付いたのだと思う。 榊も、普通の男だった。支えられていた事に気が付いていなかっただけで、奥さんは榊の為に色々していたのだろう。 その点は、立場や資産があろうが変わりない事だろう。 「佐野、週末の予定は…いや、すまん…忘れてくれ」 慌てて、言葉を取り消す榊。その様子が妙に可笑しかった。 「取り消すんですか?」 「あっと、取り消さなくても良いのか?仕事の話じゃないぞ」 「さあ、どうでしょう?携帯にメールでもくださいな」 驚く程不器用な誘い方、そんな男だったんだ…蒼の前で、鎧を剥がされた私の様に、榊も私の前では、無防備になっている気がした。 「ずるいよね~あれは…」 社長室を出て、エレベーターの中。独りそう呟いてしまう。 『佐野…』榊にしては、珍しい呼び方だと思った。普段は、お前としか呼ばなかった。 榊自身、わかっているかどうかもわからない。けれども、微妙な距離感にいる事も現実だ。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

967人が本棚に入れています
本棚に追加