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『孤独な王様』いつか、ふとそんな言葉が頭に浮かんだ事もあった。
その上、家族にも去られた男。そんな男に惹かれている私も、また厄介な女なのだと思う。
運転手の三浦が居なければ、膝枕でもしてやりたい気分にもなる。けれども、現実の私は三浦に気取られる会話をしていないかに、神経を尖らせていた。
スリルが愉しい年齢では無い。いつもの様な軽口で榊と遣り取りが出来ていないだけでも、三浦に何か感じられていないかと思えてしまう。
榊との距離感が、少し保ちにくくなっていた。
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「あら、平日に珍しいわね?」
カウンターで、一人ワインを見つめる私に、遅い時間に顔を出したユキさんが声を掛ける。
「色々あって、気分転換したくなっちゃった。ユキさんこそ、素敵な格好ですね」
艶のある黒のベスト、左胸の襟には葡萄の房を形どったゴールドのバッジ。ソムリエの正装だった。
「別の処でワインを抜いてきたの、愉しかったわ。お客様も少ない時間だから、一緒に飲みましょうよ」
ワインが廻って上機嫌な様子だった。いつものユキさん。例え嫌な事が有っても、この場所ではそうして振舞うのだろう。
彼女の笑顔で、一瞬にして気持ちが楽になる。不思議で、とても魅力的な女性だと思う。
「嬉しいのよね、えりさんみたいに若い子が一人で来てくれるのって」
若く無いですよ、そう言いかけて笑いで誤魔化す。彼女は五十を少し越えている筈で、それからすれば私は、若い子に間違いない。
「相変わらず、綺麗ですよね。ユキさんって」
「ふふっ、ありがとうね。嬉しいわよ」
綺麗だと褒められて、素直に受けとめる。それが嫌味にも感じられないのだから、羨ましい。
歳相応に、シワも見つけられる。肌の質も年齢は誤魔化せない。けれども、それらを全て含めて魅力的に映る。
彼女には、子供はいない。長く付き合って来たパートナーと結婚する迄独身だった。
意外な程、普通の中年男性だと思う。いくらでも別の選択肢はあっただろう、それでも彼を選んだ理由が聞いてみたくなった。
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