第六章

26/40
前へ
/40ページ
次へ
ユキさんは気分が良いからと、店の奥のワインセラーから自分のストックしているワインを取り出した。 私の目の前で、パチンとソムリエナイフの刃を開く。スルリとネックの辺りを一周させて、鉛のキャップが外れた。 キュキュっと音がして、コルクにスクリューが沈み込んでゆく。ボトルのフチに、ソムリエナイフのフックが掛かり、テコの様にコルクがせり上がる。 コルクが抜け切ってしまう寸前で、手のひら全体で覆うように静かに、ボトルからコルクを取り去った。 目を軽く瞑り乍ら、鼻の辺りでコルクのワインに触れていた片側の香りを嗅ぐ。満足そうに笑みを浮かべた。 何度見ても、美しい光景だ。彼女がワインを抜くだけで、それが素晴らしいものになる気がする。 『えっ?ワインを抜くだけに、呼ばれるんですか?』 造られてから、数十年を経たビンテージワイン。数十万から、百万を越すコレクションもある。 大切にしていたコレクションを、飲む。それは、特別な空間なのだろう。そう云った席で、ワインを抜く為だけに呼ばれる。 俄かに信じられなかった事が、この光景を見ていると、その気持ちがわかるようになった。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

967人が本棚に入れています
本棚に追加