第六章

7/40
前へ
/40ページ
次へ
「良いのかね?えりちゃん…」 エレベーターを降り、彼を待つ。鈍い光を放つ閉じた侭の扉に、ぼんやりと私の全身が映っていた。 そのぼんやりした影に、思わずそう呟いた。冷静に考えれば、はしたない女と言われても仕方が無い状況ではある。 二股を掛ける…そんな単純な事でも無かった。どちらも大切に思えて選べない、後悔はしたく無い。 ぼんやりとそんな事を考えていると、目の前の扉が開き、榊が姿を現した。おいで、そんな風に目配せをして、ゆったりとフロアを先に歩いてゆく。 私もその背中について歩く。カチャリと鍵が開くと、片手でドアを開けて私を先に部屋へと通した。 背中に軽く榊の手のひらが触れる、最大限私に気を遣っている事を感じる。 思わず頬が緩んでゆく…ゲストルームのソファーに並んで腰掛けた。そのまま、頭を榊にあずける様にもたれ掛かる。 「何だか、拍子抜けするぐらい嬉しいよ」 「何ですか、それ…」 予想していなかった言葉の言い回しに、小さく笑いが込み上げる。榊の胸にあずけた頭を少し動かして、下から顔をのぞき込む。 照れ臭そうな表情が、可笑しかった。榊は少しだけ顔を下に向けて、私をのぞき返す。 「ああ、多分もう誘ってもダメだろうと思ってたからな…」 「どうしてですか?そんな風に見えました?」 「なんとなく…そう思ったんだ。誰か男でも出来たのかと」 「あら、妬いてくださってます?どうですかね…私にもわかりません」
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

967人が本棚に入れています
本棚に追加