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風が冷たくなる夕刻は、少し心に穴が開いたような変な気持ちにもなった。
でも、そんな変な気持ちになったときは、考えないように、別のことで頭を切り替えようと努力した。
私には<歌>があるから。
私は、そっと心の中で歌を歌いながら帰宅することにした。
心に残ったポッカリ開いた穴を埋めるかのように。
口に出して歌うことは、まだ恥ずかしくて出来ないけれど、頭の中に自然と流れ
るメロディーにのせて歌を思い浮かべてみると、
ふっと、不安な気持ちや寂しい気持ちが薄れ、何も考えないようにすることができる気がした。
敦に会えない日々が続くにつれ、次第にコツが掴める様になってきた。
そして、メロディーに合う歌詞を想ったり、
考えたりしていると、いつの間にか自宅の門の前まで着いてしまうから不思議だった。
別のことを考えられる、そんな<歌>の存在を教えてくれたお母さんの優しさ
が、温かくて懐かしくてうれしいのに、逢えないことが寂しくて悲しくて。
胸がギュッと締め付けられて苦しくなるような変になりそうになる自分を堪えて、自宅の正門の前で足を止めた。
大きな黒色の冷め冷めとした鉄の正門は、まだ身体の小さい美海には、やっとの思いで開けられる程、重い。
ギギッと重々しい音を立てる正門を開ける時、ふいに視界に入った高い空を見上
げると、今日はどんよりと重たい黒い雲が自分の家の周りにだけ纏わり付いてい
るような、変な気分だった。
美海は、広い庭をゆっくりと進み、口の交わすことはあまりない父の顔を今日も見ませんように。
そんなことを想いながら重い足を一歩ずつ前へ押し出していった。
今にも泣き出しそうな湿気のある風が、強さを増して枯葉を目まぐるしく躍らせていた。
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