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「さみぃー!」
事務所のあるビルを出ると、冷たい空気が頬を刺し、自然と声が漏れてしまった。
けれど、誰もそんなの気にしちゃいない。
通りに溢れる、光、光、光。
この通りは、普段はよくあるビジネス街だが、毎年この時期だけは街路樹にイルミネーションが施され、いつもと違う表情を見せる。
その下を歩く人たちも、いつもと同じはずなのに、どこか浮き足立ったような空気を纏っている気がした。
繁華街に向かうにしたがって聞こえ始めるクリスマスソング。
そうだよ、普通こっちだろ。
コートの襟をかきあわせ、胸の内でまたツッコんで、店へと急ぐ。
が。
自分が吐き出す白い息を見ながら早足で歩く最中、頭の中を占めているのは、これから始まるイベントへの期待感ではなかった。
あの、鼻歌を歌う背中が、
脳裏から離れない。
クリスマスだからっていつもより物量が多い仕事を俺に課した彼女。
でもあれは、嫌がらせなんかでは決してない。
内容は単純作業だった。
頭で悩む必要は無く、手を止めなければ俺のような新人でも時間内で仕上げられる。
でも量が多いので、達成感はかなりあった。
おそらく、新人の俺が早く上がることに気兼ねしないよう、わざとそういう仕事をあてがって、いつもより厳しい態度に応えて終わらせた、と俺が思えるようにしてくれたんだと思う。
そう考えれば、いつもよりかなり厳しい彼女らしくない態度にも、彼女らしい説明がつく。
ま、気が付いちゃ意味ないけど…。
やがて、視界に一際明るいイルミネーションに彩られた店のファサードが入ってきた。
「ここか…」
その店の軒先で、俺は足を止めた。
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