九番目の交響曲

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ドアを開けると、暖房の暖かい空気にぶわっと包まれた。 凍った肌が溶けていくような感覚。 イブだからだろう、室内にいる人の数はまばらだ。 コートを脱ぎながら歩を奥に進めると、俺に気付いた彼女は、驚きの表情で声をあげた。 「樫くん…! どうして……!?」 どうして、俺は楽しみにしていた合コンに行かず、会社に引き返して来てしまったのか。 どうしてだろう、自分でもよく分からない。 ただ… 「このケーキね、今人気上昇中のお店のやつなんですよ。 前々から人にお店の場所は聞いてて、食いたいと思ってたやつなんで、一緒に食べません?」 「合コンは…?」 呆気に取られたように、つぶやく篠村さん。 「何か気が向かなくなっちゃって。 ま、ほら、ちょうどいいでしょ、女の子1人減ってたからどうせ」 きっとユカには当分セッティングしてもらえないだろうが。 「わあ…」 中を開けてみせると、小さく感嘆の声を漏らす彼女。 普段はシンプルなロールケーキ型らしいそれは、この時期限定ということで、小さなサンタともみの木の飾り付けを乗せている。 ひょっとしたら、機嫌を損ねるかもと思ったけど、目の前の二つの瞳はキラキラと輝いていた。 そう。 俺は、彼女のそんな顔が見たかったんだ。 ……何故? 何故だろう。 胸の内の、たった今水面に浮かび上がって来たような、不安定で掴み所のない感覚。 しかし、そんな俺の戸惑いはすぐに篠村さんの明るい声に掻き消された。 「今給湯室から、ナイフと食器、借りてくるね!」 『ウキウキ』という表現がピッタリの足取りで。 鼻歌混じりに、廊下に出て行った。 鼻歌はもう、 クリスマスソングに変わっていた。 ・・・End・・・
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