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ドアを開けると、暖房の暖かい空気にぶわっと包まれた。
凍った肌が溶けていくような感覚。
イブだからだろう、室内にいる人の数はまばらだ。
コートを脱ぎながら歩を奥に進めると、俺に気付いた彼女は、驚きの表情で声をあげた。
「樫くん…!
どうして……!?」
どうして、俺は楽しみにしていた合コンに行かず、会社に引き返して来てしまったのか。
どうしてだろう、自分でもよく分からない。
ただ…
「このケーキね、今人気上昇中のお店のやつなんですよ。
前々から人にお店の場所は聞いてて、食いたいと思ってたやつなんで、一緒に食べません?」
「合コンは…?」
呆気に取られたように、つぶやく篠村さん。
「何か気が向かなくなっちゃって。
ま、ほら、ちょうどいいでしょ、女の子1人減ってたからどうせ」
きっとユカには当分セッティングしてもらえないだろうが。
「わあ…」
中を開けてみせると、小さく感嘆の声を漏らす彼女。
普段はシンプルなロールケーキ型らしいそれは、この時期限定ということで、小さなサンタともみの木の飾り付けを乗せている。
ひょっとしたら、機嫌を損ねるかもと思ったけど、目の前の二つの瞳はキラキラと輝いていた。
そう。
俺は、彼女のそんな顔が見たかったんだ。
……何故?
何故だろう。
胸の内の、たった今水面に浮かび上がって来たような、不安定で掴み所のない感覚。
しかし、そんな俺の戸惑いはすぐに篠村さんの明るい声に掻き消された。
「今給湯室から、ナイフと食器、借りてくるね!」
『ウキウキ』という表現がピッタリの足取りで。
鼻歌混じりに、廊下に出て行った。
鼻歌はもう、
クリスマスソングに変わっていた。
・・・End・・・
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