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ぼんやり麗らかな春風に、敦の茶色い前髪がなびく。
日差しは、瞬きも出来ない位、キラキラ河辺の水面を輝かせていた。
敦は前髪を描き上げながら、美海に笑顔を向けた。
あの時出逢った彼女が、今はもう、ランドセルを背負った幼い小学生ではない。
目の前に、立っている制服の君は、もう─
『もう…中学生かぁ。あのちんちくりんの美海が制服姿だって、早いなぁ…』
不意に敦に笑顔を向けられ、美海は心臓の高鳴りを押さえる事が出来なかった。
「~なっ!やっとだよ?やっと中学生だよ?~長かったよ。敦には絶対に…追いつけないもん。」
『うん、制服似合うよ、美海っ』
「~あ、敦!昔みたいに煽てたって駄目なんだからねっ、私だって。…私だって、いつまでも敦にドギマギからかわれてばっかりじゃなっ…、」
『可愛いよっ、美海っ』
美海の言葉を遮るように敦は急に、美海をギュッと抱き締めながら言った。
「…え?、あ?敦??」
『…好きだ』
「痛…ぃよ、敦?どうしたの?」
敦は黙っていた。
「敦?」
『…。俺、海外に、海外に引っ越さなきゃいけなくなったんだ。』
「…えっ?」
暫く沈黙した後、突然、敦は口を開いて衝撃的な言葉を口にした。
『親の…都合でさ、仕方なく。』
敦にギュッと抱きしめられていた腕の力が、少しずつ弱くなっていくのをボーッとする頭の片隅で感じながら、私は敦に聞いてみた。
精一杯の心の震えを押さえて。
「…いっ、いつ?」
敦が真顔の時は、冗談を言わない事を美海は知っていたので、疑いはしなかっ
た。
いつ居なくなってしまうのかを聞くのが精一杯で、声が少し震えた。
『…明日』
「~な、なんで!?なんでそんな急なの!?嫌だよ!敦っ!!」
『美海…』
「~嫌だ嫌だ嫌だ嫌だょ、敦に逢えなくなるのなんか、絶対に嫌だよぉ、嫌だっ敦!!」
『うん。…ゴメンな。美海』
「…っ。御免なんて嫌だ!聞かないもん!聞きたくないもん!嫌だもん、嫌だよぉ…」
まるで子供のように泣き付いて、必死に敦にしがみ付く美海に、
敦は想いを堪え切れずキスをした。
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