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穏やかな夜
その夜、ヒロから連絡が来たのは二十一時をとうに過ぎてからだった。
告げられた待ち合わせ場所は、旭川駅がある中心街に開けている道北最大の繁華街、通称三・六(さんろく)街にある光屋(こうや)と言うカクテルバーだった。
目的のビル前でタクシーを降りると、雪こそ降っていなかったが、冷たい風が頬を刺すように吹きつけた。
数分も立っていれば、芯から冷えてくるような冷え込みだったが、土曜日ということもあり、雑多であか抜けない昭和の風情の飲み屋街は、賑わっていた。
コートの襟元を締めて足早にビルへ駆け込み、エレベーターで最上階の六階へ向かった。店のドアを開けると、若いバーテンが、にこやかに迎えてくれた。
「あの、待ち合わせなんですが」
アリアが言い終わらないうちに、バーテンは窓際の席にいるヒロの元へ案内してくれた。コートをバーテンダーに預けて、アリアはヒロの隣に座った。
客席は対面式のカウンターと窓に向いたカウンター席、その他に二テーブルほどあり、店は二十人も客が入れば満席になりそうだった。ヒロがいる席は窓側を向いたカウンター席だったが、そこだけ奥まっており、周囲からは死角になっていた。
客は十人程が静かに談笑している。ダウンライトと水槽の明かりが、落ち着いた雰囲気を演出していた。
「女の格好で来いと言ったのに」
白い綿のシャツに濃いブラウンのパンツスタイル、いつものサングラスをしてきたアリアを見て、ヒロは顔をしかめた。
「どちらでもいいじゃない」
アリアは柚子の言葉がいくらか引っかかり、女性の姿でヒロに会うことに抵抗があった。
ヒロはバーテンダーに、アリアには甘めのカクテルを、自分にはギムレットを頼んだ。
「……昨日は、ごめんなさい」
「いや、いいんだ。俺も悪いから」
アリアは昨夜言い過ぎたことを後悔し、俯いて謝ると、ヒロは優しく微笑んだ。
アリアは肩の力が抜けて自然と笑顔になった。
「今までの時間、何をしていたの?」
「仕事だ」
「何の」
「……」
「教えてくれないの」
「知ってどうする。それより、ななには夏頃には会わせてやる」
ヒロがぶっきらぼうに言い捨てた。
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