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結局、ヒロからは母親のことを詳しく聞くタイミングを逃してしまった。
だが、今はそれよりも、ヒロの静かに笑みを浮かべた顔が焼きついて、アリアの心に引っかかっていた。
いつもなら、アリアが男の格好でいようが、お構いなしで肩を抱き寄せるヒロだったが、今夜はアリアに指一本触れることがなかった。
考えすぎだろうか、昼間に何かあったのだろうか……この状況で旭川を離れていいのだろうか。
タクシーの中、アリアは酔ってぼうっとしている頭で考えた。
不安げなアリアを乗せたタクシーは、さらさらな雪が降る中、凍って鏡のような路面を滑るように走り、マンションへ着いた。
その夜、ヒロのことが気になってアリアはベッドに入ってもなかなか眠つけず、本を読みながら帰りを待っていたが、ヒロはとうとう帰宅しなかった。
そればかりか、夕方になり旭川空港へ行く時刻になっても、ヒロはアリアの前に現れることはなかった。
嫌な胸騒ぎがした。
ひょっとして、ずっとヒロと会えないのでは……そんな考えまでもが頭をよぎった。ヒロは携帯電話がない。あとは連絡を待つしかない。
搭乗手続きを終え、ラウンジで待っている間も、アリアの目はヒロの姿を無意識に探していた。
昨日の昼間、ヒロに何かあったに違いない。アリアはそう確信していた。
血の繋がりはないが、兄妹として家族と呼べる唯一の人だった。
今までも、離れて過ごすことのほうが多かったが、こんなに不安な気持ちになることはなかった。
搭乗のぎりぎりまでヒロを待ったが無駄だった。諦めてゲートに入ろうとした時、アリアの携帯電話が鳴った。
「ヒロ? どうして帰って来なかったの、今何処にいるの」
「ヒロじゃなくてごめんなさい、アリアちゃん。連絡するなって言われたけれど、きっと心配していると思って。手短に話すわ。ヒロはちょっと冷静になる時間が必要なの。暫くは会えないけれど、必ずアリアちゃんの所へ帰すから心配しないで」
ハスキーなよく響く声、それはDだった。
「どういうこと? 暫くって」
「夏にはあなたのお母さんに……あっ、ヒロだめよ切らないで」
「D? もしもし」
ヒロに気づかれ、電話を途中で切られてしまったようだ。
Dが一緒にいる。私には言えなくてもDには相談できるのか。
アリアはぽっかりと胸に隙間ができたような感じがした。
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