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「準夜勤だよ。和馬はまた朝早いの?」
私はヒールの踵を鳴らし、一歩前を歩く彼の背中を見つめた。
「明日は外来当番じゃないし、午前中のオペも検査もない。のんびり出勤でいい日だ」
「その日によって出勤時間違うんだ。朝のカンファとかないの?」
「あるよ。月曜の朝だけ。俺は良いとして、明日の勤務が準夜なら帰るの遅くても良いんだろ?」
和馬は車の鍵を開ける。
「うん…」
小さく頷きながら助手席のドアを開け、静かに座席に座った。
「じゃあ、このままゆっくり話をできる場所に移動するか?淋しがりやの綾子ちゃん」
和馬は私の顔を覗き込み、わざとらしくにっこりと笑った。
…ホテル…。
「…」
複雑な思いが胸を埋める。
いつもの様に軽く返しが出来ずに笑顔がひきつる。
「…何?どっか行きたいとこあるのか?」
和馬がチラリと横目で視線を飛ばす。
「別に無いけど…ドライブとか?」
「ドライブはこの前いっぱいしたろ。三ヶ根山」
「この前って、3ヶ月も前だけど」
すっかり日の沈んだ夜の街を眺め、ぽつりと言葉を落とした。
「このまま部屋いこ。ドライブはまた今度。少しの時間しか会えない時にしよう」
和馬は少し間を置いた後、煙草を消してステアリングを握り直した。
…奥さん、妊娠中だもんね。
愛人の役割なんて、当然それしかないか…。
突然、胸の中にモヤモヤと不快な感情が沸き起こる。
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