供養

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「嫌だって言ってんでしょ!」 風音はついに声を荒げた…どんどん彼女が変わっていく。 「私は鍋料理は嫌なの! ずっとアレだけは食べないって決めたから!」 絶っているうちに苦手になってくる…人間、環境に染まる生き物だ。 「聞き分けがない人ですね。 たかだか栄養分でしょうが。」 特に鍋を食べさせなくてはならない理由はないが、十郎太も引かなかった。 普通にワガママは好きくない。 「栄養分だろうが…っ!」 今にもつかみかからん風音の全身に電気が走った。 「風音…少し大人しくしてもらいましょうか。 騒ぎになるとまずいので。」 精神介入で肉体の自由を奪う。 本当はチカラのムダ使いだが計画は悟られたくない。 「…っ!」 肉体の自由を奪われる恐怖。 さらにこれから何をさせられるのかも、風音は分かっていた。 (…私は…鍋料理は…!) たかだか栄養分に、そこまで拒絶するか。 人間のそういう心理が分からない。 だが、風音の痛みが…叫びが流れこんでくる。 弔意…すなわち亡くなった人間を弔う心…亡くなった人間の想いを受け入れ背負っていく心。 彼らが生きられなかった分まで風音を含めた人間が生きねばならない苦しみ。 生者の苦痛…そのひとつが! 怨霊である十郎太には生者の苦痛は無縁ではないが、縁遠い。 だが、同じ人間の心は理解出来ないほどではない。 より深く、風音の過去を探っていく。 彼女の扉を…彼女の傷を調べたい。 もともとの知的好奇心とオラクルの影響からかもしれないが…最近ではそう思うようになってきたのだ。 見えたのは、あの河原…むしろあれしか見えない。 問題はその先なのだ…痛みの先にどう歩いていくか。 友人なのに、奈美も信久もそこを教えていない。 あの二人は風音を多少誤解している…彼女は彼らが思っているよりはるかに清らかで繊細だ。 信じて見守るだけでは、彼女は動けない。 もちろん、相談には乗るだろうが…風音は自分の口からは悩みを打ち明けないだろう。
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