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「ごめん、深瀬さん」
耳元で深瀬さんが何か言っていたけど、ぼんやりとそれを遮る。
「今日、無理かもしんない」
『え。何か、急用でも……』
「堀内が」
咄嗟に口から出た名前を、受話口の向こうで深瀬さんが繰り返す。
そこでやっと、堀内の名前を出してしまったことに気付いた。
『堀内?』
「あ――彼女が、体調崩して」
『か、彼女!?』
鼓膜に響く声に片目を細めながら、待ってろって言われたけど、ここは動いていいよな?と自問する。
「ごめん深瀬さん、電話切――」
『ま、待って』
引き止める言葉が聞こえて、切ろうとした携帯を再度耳に当てる。
“後で掛け直すから”そう伝えて、すぐに電話を切るつもりだった。
『好きなんだ』
「……」
す――。
一瞬、呼吸をするのを忘れる。
側に深瀬さんはいないのに。
その声に、離れようとしたら必死に手を伸ばして引き止められたような――そんな感覚を覚えた。
「……」
男を拒絶するように俯いて、背中を丸めた堀内の後ろ姿を見つめながら、携帯を耳に当てたまま固まる。
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