433人が本棚に入れています
本棚に追加
馬木くんから、電話がかかってきた。
心で呟いた瞬間、今まで巻き上げたフィルムを1枚1枚頭の中で現像していくみたいに、馬木くんと付き合い始めた最初の頃の記憶が頭に過ぎった。
あの頃の馬木くんは、私が何か喋らないとふらっとどこかへ行ってしまいそうで。
どこか素っ気なくて、“なんで傍にいるの?”って思われてるのが雰囲気で分かった。
あの日のことを考えたら、今の私は『幸せすぎですね』と病院の先生にでも言われて、このまま死んでしまうんじゃないかと思う。
もしそうなっても。
『会って、話がしたいんだけど』
「え――」
幸せなまま死ねるのなら、いいんじゃないかなぁ――なんて安気に思う私は、急いで部屋を飛び出していた。
呼び出された場所は夕方立ち寄った公園で、一瞬あの時の感情を思い出すけれど、今は――忘れられる。
だって、馬木くんから会おうって言ってくれたんだ。
玄関を出たところで自分の格好が部屋着であることに気付いて、ギョッとする。
ガチャン、と背後で玄関の扉が閉まる。
またこの扉を開けて、靴を脱いでドタバタ階段を上がって、クローゼットを開けて服を選んで――。
あぁ、そんなことしてたら時間が勿体ないよ。
そう思う私は、爪先で地面を蹴った。
最初のコメントを投稿しよう!