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「……そうね」と言って、光はややうつむいた。もう慣れていた、こんな姉弟のやりとりに。
余計な言葉をぶつけ合うよりも、沈黙したほうがまだ互いの心を傷つけなくて済む。光の沈黙はそう物語っていた。
当然、慎の怒りは収まらない。
「陣が死んでも試練は続行、お前らみたいな大人が、僕は大嫌いなんだ、つぁ!」
間もなく部屋にインターホンの音が鳴り、光がボタンを押す。
すると『陸奥セキュリティの大和です』という男の声が聞こえた。
光はマイクに向かって「どうぞ」と言って立ち上がった。
慎が光の背中に着ぐるみを投げつける。光はそれを椅子の背もたれにかけ、部屋を出て行った。
──回廊を歩く光の心の内側を広げていたのは、荒野とも言える虚無感だった。
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