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「はい、出席取るよー。静かにね」
低く、でもよく通る声が教室に響いた。
この授業の時、生徒は男女を問わず黙り込むことが多い。
「熱田」
ふわりと響く滑舌のいいこの声を、私はずいぶん小さな頃から聴いている。
「……新藤」
このひとの授業を受けるようになって、声フェチに目覚めた子は多いだろう。
「芹沢」
「はい」
返事をしながらちらっと顔を上げると、壇上の人とバチリと目が合った。
彼はうん、と黙って相槌を打つと、視線を私の次の津田さんに流す。
「津田」
……彼女にも同じように、顔を確認して沈黙の相槌。
気にしているのは私だけで、彼の方は何も考えていないことが判る。
彼が私のことを名前で呼んでくれなくなって、もうずいぶんになる。指示通り教科書を開いて、もう一度顔を上げた。
彼の白衣姿には、まだ違和感を覚えてしまう。似合ってるんだけど、昔からの関係にまで線を引かれたようで。
そんな私──芹沢朱音、17歳。
壇上でマグネシウムと酸素の反応について話している、坂田仁志先生、25歳。
彼がまだ高校の制服を着て、ロードレーサーで街を走っていた頃から知っているのに、私が高校生になった今、その時のことを話してはいけない空気がいつの間にかできていた。
朱音ちゃんって呼んでくれない。
仁志くんって呼べない。
それを寂しく思うのは、いけないことかな。
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