【第三章 Redemption】Prologue

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  「はい、出席取るよー。静かにね」  低く、でもよく通る声が教室に響いた。  この授業の時、生徒は男女を問わず黙り込むことが多い。 「熱田」  ふわりと響く滑舌のいいこの声を、私はずいぶん小さな頃から聴いている。 「……新藤」  このひとの授業を受けるようになって、声フェチに目覚めた子は多いだろう。 「芹沢」 「はい」  返事をしながらちらっと顔を上げると、壇上の人とバチリと目が合った。  彼はうん、と黙って相槌を打つと、視線を私の次の津田さんに流す。 「津田」  ……彼女にも同じように、顔を確認して沈黙の相槌。  気にしているのは私だけで、彼の方は何も考えていないことが判る。  彼が私のことを名前で呼んでくれなくなって、もうずいぶんになる。指示通り教科書を開いて、もう一度顔を上げた。  彼の白衣姿には、まだ違和感を覚えてしまう。似合ってるんだけど、昔からの関係にまで線を引かれたようで。  そんな私──芹沢朱音、17歳。  壇上でマグネシウムと酸素の反応について話している、坂田仁志先生、25歳。  彼がまだ高校の制服を着て、ロードレーサーで街を走っていた頃から知っているのに、私が高校生になった今、その時のことを話してはいけない空気がいつの間にかできていた。  朱音ちゃんって呼んでくれない。  仁志くんって呼べない。  それを寂しく思うのは、いけないことかな。 .
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