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──懐かしいとか、好きだとか、欲しいとか。
そんな甘ったるい気持ちで、もう一度彼女の手を取ったわけじゃないんだ。
俺はこの人を心底悪い人だと思う。だけど、俺も同じ穴のムジナ、というやつだ。
目の前のこの妖しい瞳がもう既に他の誰かのものだということを充分判っているのに、全然気にならないんだから。
記憶の奥深くに沈められた感触を確かめながら、漏れる息に高まっていく。
身体から始まった恋だったっけ。そう思ってしまうくらい、俺はこの腕の中のひとを気に入っていた。
つい昨夜も抱き合ったばかりの慣れた相手にするように、俺は彼女に顔を寄せる。
いやだ、と恥じらうその仕草は、彼女の戯れ。
本当は恥ずかしいことなど何もないくせに、こうして焦らしてみせる。
俺がそれを見抜いていることをとっくに判っているのに、まだそうして恥じらう彼女の目を見て、こちらも戯れのように嘲ってやる。
まったく、男と女というのは狐と狸の化かし合いみたいだ。
この、細く長く続いているかりそめの逢瀬が始まったのは、もう3年も前のことだった。
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