215人が本棚に入れています
本棚に追加
飲みも喋りもできず、皿の取り分けという気遣いすらも見せない教師1年生の男を教育していたのだと、流華さんは舌足らずでそう言った。俺の背で。
流華さんが教育を施していたはずの、彼女の後輩連中は俺を見るなり目を輝かせて帰っていった。
俺は、この酔っ払いの人妻を押し付けられてしまったわけだ。
パンプスを履かせたものの流華さんの足首は歩き出せば即捻挫、というくらいぐにゃぐにゃに力が入らなかった。
だから俺が背負って歩くしかなかったのだ。こっちだって酔っ払いなのに。
浅海さんは彼女に呼び出されて帰ってしまったし、俺としてはあまり芳しくない状況だった。
「……で、どこまで送ればいいんですか?」
俺としては、適当にタクシーを拾って、流華さんをそこに押し込んで身軽になってしまいたかった。
けれどさっきから週末の道路にはタクシーが通らない。
用がないときにはしょっちゅう見かけるのに、こうして必要なときには見つからない。
……探し物の法則なんて、くそくらえだ。
大きく溜め息をついた瞬間、びくりと身体をしならせる。
流華さんが、俺の耳に噛み付いていた。
「……やめようか、そういうの。大人しく帰って」
耳元でふっと笑うと、流華さんはゆっくりと俺の背から降りた。
ふらつく彼女を放ってはおけず、眉根を寄せてじっと様子を窺う。
流華さんはパンプスを脱ぐと、裸足でアスファルトを歩き出した。
「流華さん、危ないから」
「ねえ」
「うん?」
彼女はくるっと振り返ると、俺を観察するような目で見つめる。
「あれから、いい子できた?」
俺を心配しているようには見えなかった。
目の前の生々しい女の好奇心に、俺はああまたか、と軽く絶望する。
決して品のいいものじゃない。
好奇心とはそういうものだ。
そしてそれを俺の前では隠そうともしないんだ、この人も。
.
最初のコメントを投稿しよう!