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応えない俺には構わず、流華さんは軽く吸ってから口唇を離すと、覗き込んでくる。
「それに、物欲しそうにしてるのはあなたの方よ。自分で、判ってないの?」
「俺?」
そんなわけないでしょう……と言いかけた口を、また塞がれる。
気持ちのいい舌、懐かしい煙草の味。
この人との始まりの日を思い出して、眩暈がした。
「虐めて欲しい、って。そんな顔してる」
キスの間に、流華さんはそんなことを言った。
「……そんなわけ……」
「忘れたの? あたしはあなたと織部さんの恋がどんなものだったか、知ってるのよ。……どんなふうに、終わっていったかも」
「……」
「まだ引きずってるのは、その目を見れば判るわ。彼女を失うだけじゃ……彼女がいない日々を独りで生きるだけじゃ足りないんでしょ、あなた」
わき腹から、錆びた刃物を刺し込まれて抉られたみたいな痛みを感じた。
「だから、流華さんには……」
「なら、早く逃げなさいよ。あたしなんかの助けがいらないって言うんなら、こんな酔っ払い女放っておいて、さっさと帰りなさい」
襟首を掴まれて、揺すられる。そんなこと、言われても……。
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