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「着いたぞ」
迷子になった子どものような声で言いながら、浅海さんは車を停めた。
「ありがとうございます」
「ついでだから、待っててやるよ」
この人もたいがいお人よしだな、と笑いが漏れる。
俺は黙ったままぺこっと頭を下げると、ドアを開けてアスファルトの歩道に立った。
──ここはあの日、俺が青と白と……真っ赤な眩暈を起こし、叫び狂った場所。
斉木と中居の妹が死んだ場所だ。
頭に焼け付いて離れなかった、あの光景。
時間差でワンワンと追いついてくるように鳴り出した蝉の声、たくさんの悲鳴。
ぞわ……と首の後ろに寒気が走った。
「坂田、これ」
運転席から身を乗り出して、浅海さんが花束を差し出してくれる。
思わず忘れそうになっていたことに苦笑して受け取った。
パリ……とフィルムの包装が鳴る。もう何度この花束を持ってきたっけな、と考えると途方に暮れたくなる。
ゆっくりと歩いて、斉木が倒れていた場所を見下ろした。
あれから一度もアスファルトが敷き変えられていないから、うっすらと残った染みですぐに判る。
真夏のことだったから、いくら洗ってももう落ちないのだろう。
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