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「メモでもメールでもいいから、開いて打ってみてよ。“はるか”って」
ニヤッと口の端を上げるだけの笑みを浮かべて見せると、虹原さんは携帯を開いて操作する。
彼がひらがな3文字を打った頃を見計らい、口を開いた。
「出ないでしょ、一発じゃ」
「遥か遠く……の方とか、晴れとか春の香りだな、一般的には」
「あたし、初見で一度もまともに呼ばれたことないもん。“ようか”とか……」
「名前間違われるとイラっとするよな。お気の毒に。俺も“たけ”とか勝手に呼ばれるから、判る」
「だから、何で読めたの? って」
「……あんたね、物書きに言うことじゃございませんよ、それは」
言いながら、あたしもそう思った。
でも、自分がまだ名乗っていないのに正しい読みで呼ばれたことへの戸惑いがあった。
他人は自分の名前をきちんと読めることなどないのだと、そう思っていたから。
何となく恥ずかしいのと照れくさいのが入り混じって、平常心のありかが判らない。
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