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あなたが悪いんじゃない、と言いかけて、それをぐっと飲み込んだ。
昔からの癖で、そのまま口唇を噛みしめる。
例えそうだとしても、自分の口から相手に責任を擦り付けるようなことは言いたくなかった。
「……根拠は、何なの」
「うん?」
「私が変態だっていう、その根拠!」
声をひそめてそう言うと、落ちてきた虹原さんの瞳がふっとやわらかくほどける。
「あんた、ホントに判らないの? 覚えてもない?」
「……?」
虹原さんの瞳にふざけた様子はなく、あたしはぐるぐると思考を巡らせる。
書店の客──じゃない。
昨日会った花屋のショーコちゃんは学生ながら接客のプロで、人の名前と顔を一度見たら忘れないという特技を発揮している。
そのショーコちゃん程ではないにしろ、あたしは自分がレジの応対をした客の顔は、だいたい覚えていた。
その記憶をさらおうとしたけど、思い出す前に虹原さんを見たことは全くないのだ。本当に昨夜、初めて会った。
「何のことだか……」
あたしがそう言うと、虹原さんは全身で脱力してみせる。
「……ま、しょうがないか。あんた、いつも本読んでるしな」
「本……?」
「あんた、よく隣町の図書館にいるだろ」
言われて、あたしはあっと小さく声を上げた。
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