詐欺師は盗人ではない。

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  『はいはい、お待たせしました。体育科のアサミですが』  その声を聞いた瞬間、あたしの心臓がドクンと跳ねた。  目と口の中が一気に乾いた。  動揺のあまり口をパクパクとさせるだけで、声を出すことができない。  それを不審に思ったのか、アサミ先生──いいや、浅海先生の声がワントーン低くなる。 『……もしもーし? 浅海ですけど』  そんなことは判っている。  あたしはカッと頭に血が上るのを感じて、そのまま受話器を置いてしまった。  呼吸を止めていたことに気付いて、途端に咳き込む。  声フェチである自分の耳を、なめてはいけない。  あれは紛れもなく、昔に会ったことのある人間の声だった。  ──浅海さんという男性は、“彼”の先輩だった男だ。  浅海さんと“彼”はとても仲がよかったはずだ。  あたしは思わずその場にしゃがみ込み、口を押さえる。 “彼”本人じゃないんだから、そんなに動揺しなくていい。  混乱する頭で必死に考える。 “彼”は教師になるため、教育学部に通っていた。  浅海さんは同じ学部の先輩だと言ってたじゃない。  浅海さんが高校の教師という職業に就いていたところで、何を驚くことがあるの。  しゃがんだまま深呼吸を始めたあたしは、別の心配をしなければならないことに気付いた。 .
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