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俺は多分、苦虫を噛み潰したような顔をしていたと思う。
けれど、自分の中だけで成立している不条理は、言葉にしてしまわないとこの先輩には伝わらない。
俺は、ぽつりぽつりと話した。昔、翠川愛美と付き合っていた頃、たった1年くらいの間に何度も彼女を見かけたこと。
全然別の街に住んでいる流華さんとだって、2度も何の前触れもなく再会してしまったこと。
それなのに、陽香とだけはこの7年一度も会わなかったこと。
見かけたことさえ、今夜が初めてだ。
どうして彼女は、この近くを歩いていたのだろう。もしかして、ここに捧げられている花束のうちのどれかを持ってきてくれていたのだろうか。
ずっと……。
ゴクリ、と息を呑んだ。
一瞬で視線を奪われてしまうくらい、綺麗な女になっていた。
「会えなかったのは、会う気がなかったからじゃないの」
やたら確信めいた言葉を口にしながら、浅海さんは俺の身体を少し引いた。濡れるぞ、と言いながら。
案の定、大粒の雨が俺の前髪を濡らす。
その滴がぽたりと落ちていくのを見ながら、俺は浅海さんを振り返った。
浅海さんにさっきまでのふざけた様子はなく、彼もまた俺の瞳を覗き込む。
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