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潤み始めた朱音ちゃんの瞳は、彼女の憤りをまま映していた。
傷ついていることを隠さないその瞳は、いつかどこかで見たものと同じだった。
そんな朱音ちゃんの瞳の奥に、何かが見える。
その景色が、胸の奥、意識の向こう側で響く雨の音を連れてくるような気がした。
重なるように、誰かの泣き声も。
いつ、どこで、誰の──……?
「仁志くんは、織部さん以外の人に優しくしちゃ駄目だよ。一番優しくしなきゃいけない人と別れて、何してるの?」
「……っ」
急に、背中や脇腹のあたりが心もとなく冷えていくような錯覚にとらわれた。
頭の奥よりももっと遠くの方で、特に不安など感じずにいられた最後の日の喧騒が鳴り出す。
その日の夜中の恐ろしい程の孤独と静寂。
公園にアンを連れていって、汗だくで走り回っていた斉木。
うねるような蝉の声と、鮮烈な青と白と、赤く染まったアスファルト。
泣きべそをかいて玄関の戸を叩いた涼太の姿。
暗い公園の中でうずくまって凍えそうになっていた、朱音ちゃん。
──同じ公園で、可愛い浴衣姿ではにかんだ陽香。
薄暗い俺の部屋の玄関で、「やだ、なんで」とそればかりを繰り返して泣いた陽香。
雨風に煽られ、綺麗な顔に憂いを乗せた陽香。
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