200人が本棚に入れています
本棚に追加
「しつこいも何も、関係ないよ。俺が答えてって言ったら、陽香は答えるの」
「何言ってるの、何様のつもりでそんな……」
「何様じゃない。俺は、俺」
仁志くんは昔からどこか強引だった。
けれどそれは、ソフトな物腰の裏にいつも隠れていた。
周到に状況を整えて、あたしが嫌だと言えない程にじわりじわりと追い詰めてくるような。
──そこで、ようやく気付いた。
仁志くんはきっと、これでも崖っぷちにいるのだと。
なぜなら彼の背に、昔はなかった恐怖が見える。
けれどそれあたしを脅し、追い詰めるためのものじゃない。
仁志くん自身が、何かにひどく脅えている。その理由が判らなくて、思わず警戒心を緩めてしまう。
だからと言って、かつてのような気持ちでどうしたの……と訊きながら触れてやれる程、仁志くんに対して優しく接することなんてできない。
胸に刻まれた傷が、その存在を主張するから。
あたしの中にそんな矛盾を芽生えさせたのは、仁志くんだ。
甘さと優しさを駆使して、仁志くんはあたしをひとつずつ解いていった。
その仕上げ──いや、止めがあの裏切りだった。
それを自分の意思で許すことなど、あたしにはできない。
.
最初のコメントを投稿しよう!