200人が本棚に入れています
本棚に追加
あたしは、思わず自分の胸元をかきむしるように撫でていた。
今にも涙をこぼしてしまいそうな目をして、仁志くんはあたしを見つめた。
「でも……誰のものにもならないでって、思ってしまうんだ。幸せになって欲しいって願ってたはずなのに。陽香の姿を見たら、駄目だった」
仁志くんはまたこつん、と歩を進める。
身じろぎひとつできずに、それをただ眺めた。
「勝手だって詰ってもいいし、いっそのこと、気が済むまでぶってくれてもいいよ。あの時君、そうしなかっただろ」
「や、やめて……」
「ごめん、このまま帰った方がいいってことは判ってるんだけど──できない」
どろり、と昏い炎が仁志くんの瞳の奥に見え隠れする。
そこから目を離せなかった。
それは、あの時あたしがどうしても欲しかったものだったから。
仁志くんは一気に距離を詰めてくるとあたしの両手首を掴み、そのまま打ちっぱなしの壁に身体ごと押さえつけた。
バサリ、とバッグが足元に落ちた。
「仁志く──」
抗うためだったか何のためだったか、わずかに開かれた口唇を、彼は塞いでしまった。
.
最初のコメントを投稿しよう!