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「……本気になっていい?」
眼鏡越しの岳ちゃんの瞳に底知れないものを感じて、思わず一歩後ずさる。
「駄目」
「あいつならいいの?」
「駄目。いらない……そういうの、あたし、もう……」
「さっきの男と、何があった。ハルのそれ、あいつが原因なんだろ?」
否定も肯定もできなくて、押し黙る。
それが肯定でしかなくなってしまうことは判ってたけど、あたしに言えることなんて何も言えなかった。
今口を開いたら、全て仁志くんのせいにしてしまいそうになるから。
仁志くんのせいにすればする程、彼に対しての甘えが顔を覗かせる。
その甘えは、長い間心の奥に沈めたつもりでいた想いのことだ。
うっかりしていたら、息を吹き返してしまいそうになる。
17歳の秋まで、時計の針が戻ってしまう。
許したくないのに、許してしまいそうになる。
その瞬間が恐ろしかった。
忘れたいと願って忘れられずにいた恋は、そのまま深い場所でひっそりと育っていた。
さっきの仁志くんの口唇の感触で、自覚させられてしまった。
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