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彼なしで育ってしまった恋は赤く腫れ上がって、とてつもなく昏い色をしている。
そんな棘が刺さったままのこんな自分が幸せな恋をまたできるとは思えなかったし、そのまま捕らわれてもいたかった。
忘れられることもできず苦しみのた打ち回るその闇の中で、ひっそり消えていけたらどれほど楽で、幸せだろうか。
──そんな甘ったるい妄想めいた欲望のことを、岳ちゃんに言えるわけがない。
相手がいないことで生き延びた恋に沈んでいたいなど、マゾヒストの極みだと鼻で笑われてしまうかも知れない。
出会って間もない彼にそうして笑われるのが怖いわけではなかったけど、胸の中を覗かれることへの恐怖はあった。
すると、岳ちゃんはふうと溜め息をつく。
「忘れたいなら尚更、俺のものになってみない?」
ずくり、と心臓が揺れた気がした。
兄貴とよく似た目をした彼は、あたしを視線で捕らえながらもその中でゆったりと泳がせてくれる。
「……なんで。あたし、何も言ってないのに……」
「そういう顔した女が何を望んでるか判らないような人生、送ってきてないから」
その一言だけで、まるで公衆の面前で服を剥ぎ取られたかのような羞恥を感じた。
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