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「昔別れた、いわくつきの男が出てきました。そいつはハルを欲しがっています。ハルもまんざらじゃないどころか、未練タラタラです」
「ちょっと……」
未練タラタラ、と貶めるような言葉に、あたしのささやかなプライドが軋む音がした。
「だからあんたの出る幕なんてないからね──って。そう言えばいいんじゃない?」
ニッ、と悪戯っぽく笑って見せる岳ちゃんに、傷ついている様子はない。
やっぱり、書き物をする人間の道楽でしかなかったんだと失望しながら頷けばいい、そういう状況のはずだった。
「……それは、あたしが仁志くんに何の躊躇いもなく戻っていける状況の話でしょ」
「さっき散々友達に突かれてたくせに、まだ意地張るの?」
「頭で判ってても、心がついてかないの、判るでしょ?」
「まあね、そういう機微や葛藤を書く仕事だから、判るけど」
深く煙を吐きながら、岳ちゃんは煙草を持ったままぽりぽりと小指で額を掻いた。
「だからこそ、ハルが長年引きずった恋を振り切って俺のところに来る──って筋書きもアリじゃないかと」
「……そんな、都合のいい女になりたくない」
「そう? でも今のハル、充分都合のいい女だよ」
興味などなさそうに吐き捨てられた岳ちゃんの言葉に、また心が軋む。
思わず彼を睨み付けた。
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