ささやく声と手。

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   目の前の男は、恋をしている。  しかも、その感情は自分に向かっている。  これ以上ここにいちゃいけないって判ってるのに、膝が震えて動けなかった。  佐奈ちゃんに話したような、かつての見合い相手のしつこいアプローチとは違う。  昔にも、こんな感情をぶつけられた。  そしてつい昨日も、同じ人に。  男の人の剥き出しの心というのは、恐ろしい。  逃げたいのに、逃げられなくさせてしまう。  逃げないで聞いて欲しいと、全身で言っているのが判るから。 「ハルがそんな酷い甘えをぶつけられるくらいの深い関係だった、ってことだろ? それって一体どんなんだろうって思ったら──」  ゆっくりと、岳ちゃんは足を進める。  一歩離れたあたしにその分だけ詰め寄り、彼はすぐ傍でささやいた。 「──ぶち殺したくなったんだよな。その男のこと」  全身に、鳥肌が立った。  これは戯れなんかじゃないんだ、という宣告だった。  岳ちゃんは今にも壊れそうな瞳を、加減もせずにあたしに向ける。  その熱っぽい視線を、本能的に危険だと察知した。  だけど、そっと伸びてきた岳ちゃんの手がこわごわあたしの身体を引き寄せて、逃げ方が判らなくなってしまう。  預けようなんて思っていないのに。応えられないのに。  彼のためにも、これ以上はいけないと判っているのに。 .
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