ささやく声と手。

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  「生産性って……」  佐奈ちゃんの言葉はいつも現実的で公平だった。  こんなところは彼女の夫である額田先生とよく似ている。  高校生の頃、あたしは額田先生にあらゆることを言い聞かせられていたように思う。  ──それは多分、仁志くんの方も。  すっぱり別れたつもりでいたのに、思いも寄らないところでずっと細く繋がっていた。  その意味を自分では手繰り寄せられない程、世間知らずではないつもりだ。 「じゃあ、あたしと仁志くんとの関係の生産性って、何なの」 「どうしてあたしに訊くの?」 「だって、佐奈ちゃんが言い出したんじゃない。生産性とか」 「大事なのはそういう些細な言葉じゃないんじゃない?」  佐奈ちゃんはごめん、と小さく仕草で示して見せるとテーブルの端の灰皿を寄せ、煙草に火を点ける。  昨年までずっと立ち仕事だった佐奈ちゃんは、ストレスから煙草が癖になってるみたいだ。 「冷たく聞こえるかも知れないけど、そりゃああたしにしてみたら他人の話だから。理路整然と話してあげることは簡単だけど、陽香はそれじゃ納得できないでしょ? そんなものあたしの願望とかで押し付けて何になるの?」 「……佐奈ちゃんの願望?」 .
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