ささやく声と手。

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   佐奈ちゃんの後ろに、この場にはいなくても額田先生の存在を感じてしまった。  見守られている安心感っていうのは、時にこうして追い詰めてくる高い壁のように思えてくる。  自分の主観の問題で、それを疎ましく思うのはあまりにも勝手だ。  疎ましく感じたことなんてないけど、あまり言われてしまうと“じゃあどうしろって言うの”と泣き喚きたくなってしまう。  あたしは、ややこしい感情を仁志くんのせいにしてしまいたかった。  仁志くんのせいにして、彼がそれを片付けてくれることを望んでいた。  過ぎた時間が絡めとっていったものをものともせず求めてきてくれた仁志くんに比べたら、今のあたしは狡くて卑怯だ。  額田先生が言いたいのはそういうことなんだろうと思った。  本来こうして佐奈ちゃんの手を煩わせることもない。  ただ、初めてした恋を失っただけ。  こんなことは誰しもが経験していることで、多くの人がそうしているように、二度と恋なんてしたくない、と思っても新しい出会いによってまた季節は来るし、花は咲き誇る。  だけど、その出会いがあたしに訪れるとは、どうしても思えなかった。 .
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