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翌日、まだ客足もまばらな午前中に文芸書コーナーでそれを探した。
美園さんから教えてもらった岳ちゃんのデビュー作は、“12月の空蝉”。
ネットで検索したあらすじを見ただけで、もう判ってしまった。
ヒロインは、7年前のあの夏斉木くんの手を取って虚空へと舞った──中居貴恵さんだと。
あのとき、あたしが現場を訪ねることができたのは、夏の厳しい暑さが幾分か和らいだ頃だった。
仁志くんから見る間に力を奪っていったあの事故の現場に流れる空気を、自分の肌で感じてみたかった。
彼の喪失の痛みを少しでも知れたなら、引き受けることができるだろうか──と。
文庫の、な行の作家のところで、すぐに見つけた。
“12月の空蝉/虹原岳”
手に取ると、他の文庫よりも少しページが多いせいか、ずっしりと重い。
あの事件の重みのように感じてしまって、それだけで体温が下がってしまいそうだった。
表紙は、青い空に流れる白い雲がひび割れたガラス越しに映っていて──そのガラスに、血が飛び散っている。
その表紙を見ただけで、ハッと息を呑んだ。
斉木くんの告別式の後、仁志くんが取り乱して泣いたことを思い出す。
あの時仁志くんは、あたしに縋るようにしながら、自分が何を視たのかを吐き捨てるように語った。
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