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また、ひとりになるのが怖いんじゃない。
陽香が、好きだ。だから、そばにいたい。
彼女さえ許してくれるのなら、ずっと。
こんな俺は彼女を困らせ、傷付け、追い詰めるだけなのかも知れないけど。
それでも、欲しいんだ。陽香と出会って、陽香を求めて、陽香を愛したあの瞬間に、多分俺は俺として初めて生き始めたんだと思うんだ。
それまで、何をしても誰といても空っぽだったから。
そんな、自分でも持て余していた俺自身を難なく受け止めて包んでくれたのは、陽香だけだったんだ。
よりによって、好きになった女の子にそんなふうにしてもらえて──忘れられるわけない。
斉木──ごめん。俺は、お前まで裏切っているのかも知れない。
お前の遺した家族のために……なんて言いながら、俺は陽香が欲しいがために弘毅との確執を片付けたがっているのかも知れない。
お前の両親と、めぐみと光。
彼らに、一区切りつけてやりたい。
その気持ちに嘘偽りはないけれど。そのしがらみを振り切って、陽香といる未来が欲しい。どうしても。
弘毅が今になって俺を脅かそうとするのは、それを許さないという誰かの皮肉なんだろうか。
暖まった車内が息苦しくて、外に出た。
冷たい風が、さわさわと髪を揺らしていく。
深夜からの雨を予告するように、遠くの空から黒い雲が伸びてくるのが見えた。
今日は、陽香を送ってから──絶対、眠れない夜になる。
どうしよう。長い夜を、どうやってひとりで越えよう。
煙草を咥えて火を点けた瞬間、ふと思い出した。
そういえば、虹原が見たというあの日の光景。
それは、どんなものだったのだろう。
当時想像し切れなかったことを陽香が俺に悪いと思った程の描写だったのだろうか。
俺は──道路を挟んだ分、客観的にあの現場を見れたのではないかと思う。
客観的だから、俺のことも書けたのだろう。
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